​石州流伊佐派の歴史

武家茶道(ぶけさどう)とは

<江戸時代の武士の教育>

出典資料:日新館

江戸城のおもてなしリーダー

片桐石州亡き後、伊佐幸琢初代が5代将軍(綱吉公)の茶道師範となり、幕末まで伊佐家は5代に渡り江戸幕府の数寄屋頭、言わば“江戸城におけるおもなしリーダー”として差配しました。

 

当時、武家茶道は大名である各藩の藩主が国に帰り“お家流”として各藩で継承されていきましたが、その過程において変容を余儀なくされた流派もあったと言います。

茶道師範として徳川将軍家に実務を任されていた伊佐派の茶は、伝統と格式が堅固に守られ、武家特有の所作や精神が現在も大切に伝承されているのが特徴です。

 

300年も昔、徳川家将軍が代々継承してきた茶の湯のかたちが、途切れることなく現代に受け継がれていることは特筆すべき点といえるでしょう。

<千家の流れ>

<石州流伊佐派歴代>